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help RSS Oasis/The Masterplan日本盤の酷い誤訳なんとかならんのかね〜10年前の拙訳

<<   作成日時 : 2009/09/16 04:06   >>

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Oasis/THE MASTERPLAN

1. Acquiesce
2. Underneath the Sky
3. Talk Tonight
4. Going Nowhere
5. Fade Away
6. The Swamp Song
7. I Am the Walrus [Live]
8. Listen Up
9. Rockin' Chair
10. Half the World Away
11. (It's Good) To Be Free
12. Stay Young
13. Headshrinker
14. The Masterplan

 1998年にリリースされた、それまでのOasisのシングルB面曲から選曲された編集盤である。

 シングル「Cigarettes & Alcohol」から選ばれた” I Am the Walrus (live at Glasgow Cathouse June '94)”のクレジットは虚偽であったことが明かされ、クレジットはただ(LIVE)というものに変更され、この編集盤で突出して長いトラックが発生しないようにとの配慮からか、途中でフェイド・アウトさせることで2分近く短縮されているほか、同じく「Cigarettes & Alcohol」から選ばれた” Listen Up”はマスタリングの際に、ノエルの判断でギター・ソロでの繰り返しフレーズが一部カットされ、20秒ほど短くなっている。

 またシングル「Roll With It」から選ばれた”Rockin' Chair”では、 ソングライティング・クレジットが”N. Gallagher/C. Griffiths”と、ひっそりと変更されている。調べてみたところ、Christopher. Griffithsが歌詞を書いている(作曲者は不明)「Growing Old」(未聴/未確認)の歌詞をパクったとの指摘を受けたために変更されたようだ。

 このアルバムには音楽ライターのPaul Du Noyerによる英文のライナー・ノーツがついている。他にも各曲のSubject Reportも掲載され、編集盤らしい作りになっているのだが、データ系に誤りが多いのが玉に瑕。Paul Du Noyerが召集された理由は良くわからないが、前年にJohn Lennonの全曲解説本を書いたことが関係しているのかもしれない。データに関しては98年8月11日に行なわれたノエルのインタビューが元になっているものと思われるが、それだけを信用したために発生している誤りなので、これはOasis側の自業自得だ。自分達のキャリアに関して細部にまで超正確なデータを管理していたらそれはそれで怖いので、これに関してはこんなもんかな、という気もするのだが。

 酷いのは日本盤ライナー・ノーツだ。冒頭のMの文章は、単なる自説のみで構成されているので不問にしておこう。次のWによる「オアシスものがたり」、これは酷い。話にならない(これの誤りについては、また別の機会に触れることにする)。今回の本題は、Aによる英文のライナー・ノーツの訳だ。2009年の紙ジャケによる再発でも、これらの文章はそのまま転載されている。がっかりを通り越して呆れる。紙ジャケの作りではそこそこ立派な、日本人ならではの仕事をしているというのに、ライナーがあれでは、お金を出して買う人が気の毒だ。そして誤解されるバンドが最大の被害者とも言える。

 閑話休題。先日、部屋のフロッピー・ディスク(!!!)を整理していたら、10年くらい前にとある雑誌(同人誌か?)に寄稿していた際の原稿のデータと、使わなかった草稿が見つかった。今見ると、いや当時から気がついていたが、自分の書いた文章のデータ関係にも大分誤りがあった。お金を出して買ってくれていた方々、何よりOasisにこの場を借りて謝罪したい。

 以下は、先述の日本盤ライナー・ノーツでAが訳した英文ライナーを自分が訳したものだ。これはスペースの都合上今まで使わなかったものだ。当時一応大学生だったのだが、英語は全く得意ではなかったので、オリジナルの婉曲表現が多く、ちょっぴりスノッビーな堅い文章を訳すのは困難を極めたが、今読み返してみると怒りに任せて訳していたことが思い出される。怨念と言ってもいいだろう。
 どうしてもよくわからなかった部分は誤魔化しているし、他の部分でも部分的に間違っている箇所があるやもしれないが、あれから10年も経つのに全く英語能力が進歩していないため、正確なところはわからないのが歯痒い。

尚、一部オリジナルの節構成を無視している部分がある。もっと平易な文章に出来るのだが、意訳は最小限にとどめていることをご了承願いたい。


(三流大学生(当時)の訳)
その (Oasisの)基本計画(masterplan)に基本計画は存在しなかった。唯一、良い曲を書くということと、そう、そして世界一ビッグなバンドになるということを除いて。控えめな野望ではあるが、それがOasisを栄光の軌跡へと導いたのである。”母ちゃんはいつもこう言っていたよ、「神様は努力する者(tryer)を愛するのよ」ってね”。ノエルは言う「“それで俺が、なんで神様は車を持ってんの?”って言うと、tyre(タイヤ)じゃなくてtryerよ、ってさ」。そんなわけで、ギャラガー兄弟は努力する者となったわけだ。彼等の懸命な努力がどれほどであったかの証拠は、これらの曲群〜B面を信じているバンドによる言い訳や妥協の一切ない〜B面曲を聴いてみれば得られるであろう。イギリス国外でOasisのB面曲を聴くことは容易ではなかったが、イギリスであろうと他のどんな場所であろうと、彼等の音楽は堂々と鳴り響くのである。

このアルバムは”A面にすべきだったのに”と常に語られてきたうちの1曲「Acquiesce」で幕を開ける(クリエイション・レコードもそう考えていたのだから、誰が彼等を責められよう)。この曲はしばしばギャラガー兄弟の関係性を歌ったものだと推察されているが、そうではなくもっと広義の友情についての曲である。ノエルがサビを歌っていることについて、リアムには高音が出せなかったか、もしくはパブに行っていたからだ、と彼は言う。何にせよ、この曲はウェールズに向かう道中、遅延した列車の中で書かれた。ノエルがギターを持って移動することを好んだがために生みだされた曲とも言える。インターネットによって「Acquiesce」が収録されたというのは驚くに値しない。Oasisファンはこのアルバムの選曲について投票を依頼されたのだ。しかし、「Underneath the Sky」が収録されていることは、この曲をお気に入りに挙げているノエルの”影響”によるものなのかもしれない。この陽気な放浪感覚は、ノエルが見つけた、旅人の言葉を引用したポケット・ブックにインスパイアされたものである。彼とボーンヘッドによる連弾のピアノ・パートが陽気さを更に高めている(2人でこの頼りないパートに取り組んでいるのは明らかだ)。

「Talk Tonight」もまたノエルの独断で選ばれた、弾き語りレパートリーからの曲だ。美しくも優しさのあるこの曲の、思慮深い雰囲気はテキサスでのスタジオ・セッションに由来する。ノエルは、USツアー中だったバンドから怒りのあまり短期間飛び出していたところから戻った後だった。”俺とリアムは、多分ヤツの履いていた靴が気に入らなかったかなんかで言い合いになって、それでラス・ベガスにトンズらこいたんだよ”。この危機的状況でノエルを落ち着かせてくれたのは、サンフランシスコのOasisファンだった。この同じ思慮深い期間は我々に別の曲を授けてくれた。「Half the World Away」(ポール・ウェラーお気に入りのOasisナンバーである)がそれだ。ノエルが「(It's Good) To Be Free」を書き始めたのは、アメリカでのトラブル続きの日々が始まり、プレッシャーは既に存在していた時期である。彼はクスリをラスベガスで絶ってはいたのだが、不吉なギターのフィードバックの中に不安と嫌悪のヴァイヴを見つけたプロデューサーのオーウェン・モリスはそれを“コカインによる精神異常”だと考えた。アコーディオンの名手ボーンヘッドが、緊張感を湛えたセッションに誤解を招き易いほどに軽快な雰囲気を与え、陽気に締めくくっている。”信じて欲しいんだけど、不愉快で、全く楽しくなかった”。ところで、モールス信号の部分には全く意味がない。

1990年頃、バンドが契約を結ぶ前に書かれた、このアルバムで最も古い曲である「Going Nowhere」(“クリエイションからガッポリ金を貰ったら、何をしようかなってことを書いた曲なんだ”)は、『Be Here Now』のアルバムを仕上げた後、大規模ではない何かささやかなことをやりたくなる時までレコーディングされなかった。Oasisのメンバーで参加しているのはノエルとドラマーのアラン・ホワイトだけで、ピアノ、ブラスそしてホーンが、少しばかりのバート・バカラック風味をもたらしている。ノエルは“car”と“Jaguar”以外にこれと韻を踏む言葉を見つけられれば良かったのだが、と思っている。「Headshrinker」は同じくらい古い曲であるが、95年にシングル「Some Might Say」用にレコーディングされた。書かれたのはそれより3年ほど前の、バンドがパンク期にあった頃である。B面曲のレコーディングはプレッシャーから解放されるという側面も手伝ってか、リアムの最も素晴らしいヴォーカルが聴ける1曲である。ドラッグへの言及は歌詞からは見てとれないが、リアムが手を切ることが出来なかった当時のガールフレンドのイッっちゃてる感じは、この物語に残っている。The Facesの「Stay With Me」のような始まり方だが、当時彼が意識したのはThe Rolling Stonesだとノエルは言う。「Rockin' Chair」はノエルがマンチェスターにいた時代にまでさかのぼる。当時のガールフレンドとの来るべき別れと、ロンドンに出て良い暮らしをすることへの想いを馳せている。

シングル「Cigarettes & Alcohol」でお目見えした「Fade Away」は、おそらく「Slide Away」を採用したせいで『Definitely Maybe』から外れることになったのであろう。以来、サビだけはOasisファンからの人気を博している。 ノエルは”子供の頃に描いていた夢は消えていく….って歌詞は成長のことで、年老いるってことじゃない”と言う。夢を描くことが出来なければ何も得ることが出来ない、というジョン・レノンの信念に共鳴するものだ。パンク・ロックの性急のエネルギーの中で、哀愁を帯びた歌詞が歌われるという、Buzzcocksの古い手法が使われている。歌詞を考える必要のない「The Swamp Song」の様な曲をやるのは、ノエルにとって楽だったという。「Roll With It」と並び「The Swamp Song」は『(What’s The Story)Morning Glory?』セッションでのウォーム・アップ用の曲であった。それはまた、アラン・ホワイトの雷鳴のようなドラミングが録音されたグラストンベリー(フェスティバル)で、音響を調整するためのものでもあった。その後、ポール・ウェラーが「Champagne Supernova」のためにやってきた時、彼は「The Swamp Song」にハーモニカと、ノエルとのギター対決をオーバー・ダブした。「まさにロックンロールって感じだったよ」とノエルは満足気に笑う。 ”でも、俺達は背中あわせで立って一発ではキメられなかったんだ、ヤバいと思ったよ”。この曲のワーキング・タイトル(仮題)、”The Jam”は残念ながら、却下された。

これまでのクレジットに反して、「I Am the Walrus」はグラスゴー・キャットハウスで録音されたものではない。ソニーの重役たちがクリエイションが新たに契約したアーティストを聴くために集まった会議で披露されたものだ。Oasisはかつてリバプールで、地元のバンドに虚勢を張るためにThe Beatlesでさえライヴでは演奏したことのないこの曲を演奏したことがある。テクニカル・ノート:ここで聞けるノエルのギター・プレイの”ゆるゆるな感じ”は代金ソニー持ちのハーフ・ボトルのジンに起因するものだ。ギターについて続けると、「Listen Up」はここで聴けるものよりも更に長いギター・ソロが鳴り響くものだった。当時リアムはそれを短くするように主張したが、ノエルは自らの主義としてこれに反対した(“リアムってのは議論しないと気が済まないんだよ”)。4年が経ちリアムはその主張を貫き通している。ポップな「Stay Young」は、ノエルが「Magic Pie」を書き、この曲(「Stay Young」)を落とすまでの間、『Be Here Now』の中で「Digsy’s Dinner」のような、耳を引く存在だった。「Stay Young」は「D’You Know What I Mean?」のB面に収録、ということになったが、曲を書いたノエルがこの曲を実際に気に入っていたなら、別の機会にA面曲となることも出来たのである。そうではなかったのだが(ノエルよりもセンスのあるオーディエンスは皆、この曲を愛している)。

しかしながら、最後はノエル・ギャラガーが誇り高く思っている曲である。事実、彼は「The Masterplan」を最高傑作であると感じている。現在、リアムですらこの曲を自分で歌っていれば良かったと願っているほどだ。曲作りはとても簡単だった。日本のホテルの廊下でいい気持ちで煙草を燻らせていただけでひらめき、曲はやってきたのだった。“俺はOasisの中で最高の作詞家だと声を大にして言ってみたいさ”、ノエルは肩をすくめる。”だけど、これは要するに人生の旅路のことで、俺たちにわかってるってことは誰も何も知らないってことだけなんだ(“♪All we know is that we don't know”)”。我々はこれもまたリアムに向けて歌っているのではないかと思うのだが(“♪Please brother let it be”)、しかしまたしても答えはノーだ。”俺たちはみんな兄弟であり姉妹だ”とノエルは言う。そうであるなら、我々もそうであり、我々はOasisということにもなる。ギャラガー、マッギガン、ホワイト、確かにボーンヘッドという苗字ではなくともだ。彼らは5人とも全員が兄弟であり、努力する者達である。彼らは自分達のために、また、それ以外の我々のためにも努力する。神が彼等を愛したところで、驚くには値しないのだ。

ポール・ドゥ・ノイヤー



(英文オリジナル)
The masterplan was, there was no masterplan. Except to write good songs. Oh yeah, and to be the biggest band in the world. A modest ambition, but it put Oasis on the road to greatness. "Me mam always used to say, God loves a tryer," Noel Gallagher says. "And I went, Why? Has he got a car?' She went, No, a tryer. Not a tyre." So the Gallagher boys did try, and if you want proof of how hard they tried then hear these tracks - B-sides, all of them, made by a band who believe a B-side is no excuse not to care. Outside of Britain it hasn't always been easy to hear Oasis B-sides. But in Britain or anywhere else, they sound majestic played back-to-back.

We open heroically with ACQUIESCE which is one of those all-time "shoulda been an A-side" numbers. (Creation Records certainly thought so, and who could blame them?) The song is about friendship in the widest sense and not, as often speculated, about the Gallagher brothers themselves. Noel sings the chorus because, he claims, Liam couldn't reach the high notes. Or he was in the pub. Whatever, it was written on a slow train to Wales and made possible because Noel likes to travel with his guitar. It's no surprise that Acquiesce is present: via the Internet, Oasis fans were asked to vote on this album's choice of tracks. But the inclusion of UNDERNEATH THE SKY might have been "influenced" by Noel, who cites this as a favourite song. Its happy-wanderer feel was inspired by a pocket-book of travellers' quotes he came across, and the jollity's enhanced by a four-handed piano part courtesy of him and Bonehead (who tackles the tinkly bits, apparently).

TALK TONIGHT is another self-selecting choice, from Noel's acoustic repertoire. Beautifully tender, its thoughtful air derives from a Texas studio session: Noel was back after his brief flounce from the band on a US tour: "Me and Liam had a disagreement, probably about what shoes he was wearing, so I'd fucked off to Las Vegas." It was an Oasis fan in San Francisco who talked him down off the ledge. The same reflective interlude gave us another song, in HALF THE WORLD AWAY (which is Paul Weller's favourite Oasis track). The pressure was already building, though, when Noel began writing (IT'S GOOD) TO BE FREE, at the start of those troubled American dates. He finished it in Las Vegas: "Cocaine psychosis," reckoned producer Owen Morris, detecting a Fear And Loathing vibe in that sinister guitar feedback. Accordion expert Bonehead donates the breezy coda, which lends a misleadingly cheerful touch to what was a deeply fraught Oasis session: "Believe me, it was horrible, it wasn't funny at all." The Morse Code segment, by the way, is meaningless so far as anyone knows.

The oldest song here is GOING NOWHERE, written around 1990 before the band was signed ("It's about what we were going to do when we got a shitload of money off Creation"); it was not recorded until after the Be Here Now album, when there was a hankering for something less massive. Noel and drummer Alan White are the only Oasis members involved, with piano, brass and horn players to bring a vaguely Burt Bacharach atmosphere. Noel only wishes he knew another rhyme for "car" and "Jaguar". Nearly as vintage in its origins, however, was HEADSHRINKER: recorded for Some Might Say in'95, it was written about three years earlier, during the band's punkier phase. It's also one of Liam's greatest vocals, partly because of the freedom from pressure that doing B-sides can offer. Although a load of drug references were binned from the Iyric, a manic edge remains to this tale of an early girlfriend Liam could not shake off. It may start out like The Faces' Stay With Me, but Noel says he was thinking of The Rolling Stones at the time. And ROCKIN'CHAIR dates from Noel's days in Manchester, planning to leave his own girlfriend and dreaming of the good life down in London.

FADE AWAY first surfaced on Cigarettes & Alcohol, and was probably elbowed off Definitely Maybe in favour of Slide Away. Since then the chorus alone has guaranteed its popularity with Oasis fans: "The dreams we have as children fade away... It's about growing up but not growing old," says Noel, echoing a John Lennon belief that you won't get anything unless you've got the vision to imagine it. It's a classic Buzzcocks trick, this, placing a wistful Iyric inside the most glorious rush of punk rock energy. That said, it was a relief for Noel to do a track like THE SWAMP SONG, which required no words at ali. Alongside Roll With It, The Swamp Song was a warm-up exercise for the Morning Glory sessions; it was also used to set the sound levels at Glastonbury, which is where Alan White's thunderous drumming was taped. Later on, when Paul Weller turned up for Champagne Supernova, he added The Swamp Song's harmonica and duelling guitars: "Very rock'n'roll," chortles Noel, "but we didn't manage to stand back to back once, which I was very upset about!" Its working title "The Jam" was scrapped, tragically.

Contrary to previous credits, I AM THE WALRUS was not recorded at the Glasgow Cathouse, but at a conference of Sony executives, gathered to hear Creation's new signings. Oasis used to play it at gigs in Liverpool, as an act of bravado aimed at the local bands, even The Beatles never did this one live. Technical note: any "looseness" in Noel's guitar playing here is attributed to half a bottle of Sony-financed gin. Speaking of guitars, the soaring LISTEN UP used to boast a solo much longer than the one you hear in this version: Liam had wanted it shorter, so Noel had disagreed on principle ("If you don't argue with Liam he gets upset"). Four years later, Liam has got his way. The poppy STAY YOUNG, meanwhile, was first ear-marked to be "the Digsy's Dinner" of Be Here Now, until Noel wrote Magic Pie and dumped it. Stay Young wound up on D'You Know What I Mean?, and could have been another A side if its composer had actually liked the song. But he doesn't. (Audiences, who have more sense than songwriters, all love it )

But we end with a track that Noel Gallagher is definitely proud of. In fact he regards THE MASTERPLAN as his finest piece of work. Even Liam now wishes he'd sung it himself. The writing came easily, inspired in equal measure by a Japanese hotel corridor and a good, relaxing smoke. "I'm the best Iyricist in Oasis, is how I like to say it," Noel shrugs. "But to me this sums up your journey through life. All we know is that we don't know." Is it, we might wonder, sung to Liam? ("Please brother let it be") Again the answer is No. "We're all brothers and sisters," says Noel. And so we are, and so are Oasis whether named Gallagher, McGuigan, White or indeed Bonehead. They're brothers and they're tryers, all five. They try for themselves and they try for the rest of us No wonder God loves them.

Paul Du Noyer

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プラダ メンズ
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プラダ メンズ
2013/07/06 02:12

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
本当に本当に本当にありがとうございます。
A
2013/01/27 02:42

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